無題

高校生ぐらいの子にコロッといくそうで、
それはそういうことであれば仕方がないけど、
その仕方がなさに合わせる必要はないし、
私にだってその話を聞いて反応を示すぐらいの権利はある。


こういうのって相性以外の片付け方が分からないし、
こういうことを抜かした上での人間関係だって築けるのだから、
無理して妥協点見つける必要はないと思う。


吐き気が止まらない私の気持ちだって大切にされるべきだ。

無題

聴いてしまったひと言、知ってしまった事実や世界。
それらを知る前に戻ることは絶対にできない。
それらを知らない体で過ごすこともできない。


忘れるという能力が人には備わっているけれど、
どれを忘れて、どれを残すのかは選べないから。
大抵、人は忘れたくないことを忘れ、忘れたいことを胸に刻み続ける。


特に感情とともに吸収した言葉や仕草は、
その瞬間の心(心臓)の反応があまりにも動的だから、
本当になかなか忘れることが難しい。
恐怖や自分の存在を脅かされる危機などの
マイナスな驚きほど胸が締めつけられる感覚が帯びる。
(一方で、プラスの驚きは体の強張りが溶けたりと、
じんわりした反応が見られる。)


話が少し逸れたけど、要は
「知ってしまった自分を受け入れる」ステップの後、
「知ってしまった自分とどう向き合うか」・
「知ってしまった自分として、どう社会と対峙していくのか」を考え、
それを遂行していくしかない。


記憶をコントロールできないってかなり厄介だ。
記憶の取捨選択は少しでも意図的にできるのか。
そんな話って人間らしい不完全さを否定する話だけど、
死活問題にも関わるから、まずはそういうことが可能か調べてみよう。

無題

何というか、外見(スタイル)や年齢のことで
言われた・攻撃に値する発言をされたっていうのが
どうにも消化できないことなんだよなあ。
特に年齢なんて逆走できないわけだし。
そんなこと思うなら、そっちから見切りをつけてほしいにも程がある。
正に めんどくさみが深すぎる、という気持ちしかない。。


目には目を、的な言動をすれば、理解してくれるのかもしれないけど、
別にそんなことしたくもないし、本気で思ってることでもないし。
むしろ、そこまでしてあげられるのは一種の優しさなんだと思うけど、
人の性的嗜好に正解なんてないから、その辺りは擦り合わせる努力をするよりも
相性の良し悪しで判断してしまっていいのだと感じている。


とはいえ、何か自分が情けないなあ。

無題

まあ、私が悪いのです。
正確には相手は変えられないけど、自分は変えられるのだから、
自分がある程度の範囲で変わっていくべきなのです。


「過剰な干渉はしない・過度な期待はしない・必要以上に信用/依存しない」
みたいなことなんだと思う。
恋愛・家族以外は問題ないのに、その枠に入る人たちには手こずってしまう。


今まで私は、家族や恋人に対しこう考えないと生きていけない方々のことを
哀れんでいたと自認している。
私自身は、相手や世界に過度な評価を与えがちだったから。
しかもこういうふうに思う目的が他でもない自己防衛のためだから。
相手のためではなく、自分を守るための考え方。


でも、今は歳を重ね、おそらく体力や気力が落ちてきているからだと思うけど、
自分を守るために相手と多少冷静な距離を取ることの大切さを感じている。
実際に衰えを感じ始めると、人は自分に優しくなり始めるのかもしれない。


相手もそれと同じことをして、自分を甘やかしているんだとは思う。
自らを甘やかすという行為そのものは当然受け入れられるのだけど、
その行為の中身がどこまで許容できるものなのかの議論の余地は
あるものなのだろうか。

無題

うまく眠ることができない。
昔からブラジルサッカーだけはうまく興味が持てない。
今日は仕事をするべきか分からない。
うまく眠れなくて疲れが取れないからか、
特に何か問題があるわけではないはずなのに、
どこか遠くへ いなくなりたくなる。


今、スイスが同点ゴールを決めている。
諦めないって本当に大事だ。
今回のワールドカップは、
(あえて言うが)番狂わせってほどではないが、
シード国に圧勝させない好戦が多い。


あたしは諦めてしまってるのか、
あるいは、諦めることを忘れてしまっているのか。
そのどちらなのかも分からずにいる。


最近、自分の顔を身体を鏡で見ると
影がかかり黒ずんで見える。
外出する時の気分の上がり下がりが激しい。
下がってる時は仮面をかぶりたい気持ちになる。
そんなふうに思うなんて自分がかわいそうだと感じる。


かと言って、ある日、目が覚めたら
メディア越しにいる人たちみたいに
美しくなれるわけじゃないのだから、
何かを諦め受け入れつつ、でも何かは諦めずに、
トライし続けるしか道はない。


そんな正論で片付けられても困るのだけど、
それを言うことを許されている唯一の存在は
他でもないあたしだから、そこは諦めずに
あたしに語り続けるしかない。

むだい

後味をよくするのに綴ってしまうのは、
ついつい仕事のことになってしまう。
他のスイッチも見つけないといけない。


仕事は楽しい。内容が楽しく向いている。
まず同僚が好きで、お客様も好きで、
何より仕事してる時の自分が好きだ。
過剰じゃない自信があり、愛想が良くて、
自分のベストを極力 発揮している。
できる限り 学び続けようともしている。
もちろんこの仕事をバカにはしていないし、
きちんとリスペクトし、謙虚さと緊張感を
忘れずにいざるを得ないとも常々感じる。
(過剰じゃない自信があり、と言ってる時点で
自信過剰だが、そこはそういう素振りが
少しでも出ると失敗するようにできているから、
仕事って本当にすごい。勉強になる。)


仕事モードで、あらゆる人と
向き合えたらいいのにと思う。
というよりは、仕事は女性性が
評価対象にならないから安全圏なのだ。