2015-09-01から1ヶ月間の記事一覧

絡まるあやとりの糸、の話。

今は、激しく自分を突き上げる感情と向き合いたい。 感情の起伏が激しくない、いつ会っても朗らかな人は、 周りから好まれ、いつでも人に囲まれているから、 きっとそれもひとつの正解、なのだと思うけれど。 今は、その時期じゃない。 然るべきタイミングに…

何を食べたかではなく、の話。

あたしはあなたが何を食べたかではなく。 そのご飯がどれほど美味しかったかではなく。 その食事で摂取したエネルギー、で、 どんな風に身体を激しく揺さぶり、 どんな景色に向かって疾走したのか教えてほしい。 あたしはあなたがどこに行ったかではなく。 …

悪魔のように怖く、魔法のように奇跡的、の話。

それはずっと潜んでいる。 遊んでもらおうとタイミングを狙って。 最初はこちらの都合を伺って。 一方、あたしは指をパチンと鳴らし、 その存在をこの世から消し去ったかのように。 遊び、飛び回り、笑い、泣きじゃくり、 世界を覗くことだけが至福だと日頃…

写真鑑賞は未だに苦手だけれど、の話。

40年分の日本現代写真に触れてきました。私は、ずっと写真を見つめること、 写真を味わうことに恐怖を覚えていた。 その感覚は刷り込みによるもののようで、 原因不明の病にかかっているのだと諦めていた。 今回の展覧会は、 そんな写真鑑賞への苦手意識が …

この世はあなたの匂いかそれ以外、の話。

久し振りにお目にかかるあなた。 誰かと話しているようなのに、 声が私の耳には届いてくれないので、 あなたの周り、だけ時間がゆっくりと 流れているのかもしれないとはじめて予感する。 あたしがあなたの存在に気付く、かたちが、 お決まりのはじまり方な…

音のないメロディ、の話。

昨日聞いた話で、 音に敏感である才能と、 メロディのセンスに長ける能力は、 別のものであると知った。 言葉感覚が鋭い人と、 ストーリーを紡ぐことが得意な人も 違うのだろうか。 それらの能力が独立していること。 その片方だけを持っている人も存在する…

雷の音をトリガーに、の話。

昨日は久し振りに雷が鳴った。 今年も異常気象による悪天候に苛まられた日本だが、 そんな異常さも、ここ数年は当たり前になっていき、 もっと言えば、夏の大雨や秋の台風の異常さは、 もはや季節の風物詩であり、 何も今年はじまったものでもないのに、 毎…

顔はひとりでに語る、の話。

これはまた震災の頃のお話。 3月12日、家族で食料を買い込みに、 外へ出た時のことを思い出す。 あの時の街ゆく誰もが 緊張感を前面に出した顔つきを。 あたしは今まで街中で見たことがない表情に 傷つきながらも、それらを安心材料にしていた。 私たちは皆…

マチルダは20年何一つ変わらず、の話。

21年前の9月14日、その映画は封切になりました。 日本では1995年の春に公開されたようなので、 私を含む日本でご覧になった方にとっては、 今年は『レオン』20周年の年になります。 『レオン』は、私がはじめて好きになった映画。 マチルダは、私がはじめて…

夢の中で嗅覚を回復させる、の話。

明け方、こんな夢を見た。 そして、これは取り留めなく ふらふらと綴られていきます。 あたしは戦時中の日本にいるようだ。 過去の人が加工した文書や映像からの 情報でしか知らない大戦のイメージ、が 夢の隅から隅まではこびる。 そんな実態のない虚無感漂…

何も映してはくれない目、の話。

写真撮影OK、な写真の展覧会へ足を運びました。 まだうまく言葉に託せないので、 図録に寄稿されていた文章などを ひとつにまとめる作業に取り組んでいます。 写真を被写体として見つめ、 レンズ越しに作品を鑑賞する体験。 写真にカメラを向けることで、 …

ピンクのもやから黒いほくろへ、の話。

それは、気になるほくろそのもの。 実際のサイズよりも大きく見える黒い丸。 いつも天井の片隅あたりにひっそりと。 ひょっとしたら虎視眈々と機会を伺っている。 それは凄まじいほどに大きく見えたと思えば、 妙に深みがかった黒味を帯びたり。 場合によっ…

震災の夜、大空を舞うサラリーマン、の話。

歩いても、たいして進めない。 右足と左足をせっせと交互に前に持ち出すけれど、 物理的にも精神的にも、1時間に4kmしか歩みを進められない。 定期的にそのことに気付き、少しばかり落ち込む。 その度に連想されるのは、 あの3月11日に帰宅難民となり 7時間…

埋もれていく想像力、の話。

天使の輪から落ちる粉が降り注ぐかのごとく穏やかな現実に、 唐突に目の前に落ちてくる巨大岩のようなリアリティに、 「経験した/しない」が持つ切れ味に、人はどんどん分断されていく。 経験を積み重ねれば重ねるほど、 自分と同じ経験を持つ人物は減って…

相手の瞳に映るのは自分、の話。

人を信じることに、距離を置いてしまう。 その一番の理由は、相手にはあらず。 人を信じようと見せかける自分、のことが信じられないから。

しっぽを持たない人間は、の話。

もったりした感情が身体に追いつかず。 身体のモーションから2、3歩遅れて、心が頭を悩ませ、 今どんな気持ちなのか確認しようとするけれど、 その頃に、身体はもう次の動きに取りかかっている。 しっぽを身に付けるというのは、 こういう感覚なのだろうか。…