悪魔のように怖く、魔法のように奇跡的、の話。

それはずっと潜んでいる。
遊んでもらおうとタイミングを狙って。
最初はこちらの都合を伺って。


一方、あたしは指をパチンと鳴らし、
その存在をこの世から消し去ったかのように。
遊び、飛び回り、笑い、泣きじゃくり、
世界を覗くことだけが至福だと日頃は錯覚している。


そんな風に現を抜かすことは、
それの逆鱗に触れるようで。
はじめは、誰にも気づかれないように
足首のあたりをなだらかに旋回するけれど、
あたしはいつだってその存在に一向に気付かずに、
もっと先へ、もっと上へ、もっと彼方へ、と
朝も、昼も、夜も、空ばかりを目指している。


やがて、それはあたしの
その傲りに満ちた態度に呆れ、
遠慮がちに足元を浮遊するそれとは
別物であるかのように、
目を三角に尖らせ、光らせて。
それでも逆上した行動を取ることはなく、
あくまでも冷静にゆっくり、じわじわと
それでも確実にあたしの脚を侵食していく。


それがまとわりつく二本の脚は
溶けていくかのように輪郭を失いながら
重みを増し、やがてだるさが帯びていく。


そこでようやく異変に気付くあたしだが、
「今日はいつもと違う」という認識だけに留め、
そのだるさが何を伝えてくれているのかは考えようともせず、
懲りずに先に進むことをやめる気配も出さない。


そこからは、一気に襲われる。
脚から頭の先にある脳までぐわんと呑み込まれる。
腕だけは免れ、動き続けるのだけれど、
それでも身体の重さに耐えられず、
しまいには自分の存在にすら耐えられないほどに。
気持ちが塞ぎ込み、世の中なんかに微塵も興味が持てなくなる。


こうやって落ち込みが底を打つと、
その地面の固さでふと我に返り、
ようやくとある可能性に気付く。
それ、はあたしをベッドに誘いたいだけだと。
あたしを何にも代えがたい幸福へといざないたいのだと。


そのことに気付くと、気だるさの原因が分かったせいか、
あたしの身体には安堵と疲れが本格的に入り混じり、
身体が宙に浮き、時計の針も止まり、
時空を超えたところに身体を据えている感覚に
ほんの一瞬だけ陥りながら、
全身が一斉に睡眠のための準備に取り掛かる。
体内で起こるこの一連の運動を人は幸せと認識するのかもしれない。



それ、は睡魔と呼ばれるだけあって、
悪魔のように怖く、魔法のように奇跡的で。
どうして普段はすっかり忘れてしまうのか。
分からないほどに、愛おしい存在だ。