ねえ、バスキア、の話。

ねえ、バスキア
夜の静けさは不安になるほど長いのに
朝の静けさはほんの一瞬で。
鳥の群れが一斉に飛び立つ直前の瞬間を
薄白い月がまだ浮かび残るひとときを
あなたはずっと身にまとっているのかもしれない。


あなたの色彩は鮮やかで濃厚。
あなたの描く線は書道のように一瞬の勝負。
それなのに、どこかもの悲しげで、
まだ殻の破り方がうまく分からず、
しっかり枠の中にきれいに収まっている。
その端正さは、あなたの繊細な笑顔そのもの。


そして、その完璧ないびつさに、
あたしは小さなキスを送る。
目を見開き、エキゾチックさを見せながらも
どこかうつろな その表情の左側にそっと唇をつける。
「大丈夫。あなたは祝福されている人なの」


キスの本当の目的は伝言ゲーム。
あたしの片目からこぼれる涙を
その頬に明け渡すから、一緒に同じ涙を流そうよ。
その涙が絵具を溶かす時、
あなたが見たこともない色を見せてあげる。


ねえ、バスキア
あなたも27という数字の魔法を追い求め、
この世に生まれ落ちたのだと思うの。
あなたにとって大事だったのは、
うまく笑えずにいる自分を守ってあげること。
真面目なあなたは、天命をまっとうするまで、
どうにかして自分を生かしてあげることに必死だった。


ねえ、バスキア


ねえ、バスキア
あなたの作品のことを考えている間、
あたしは深い海の底にいるかのように
穏やかな気持ちになれたの。
この鮮やかな青って、ひょっとして
あなたしか知らない深海の色なのかしら。