ピンクのもやから黒いほくろへ、の話。

それは、気になるほくろそのもの。
実際のサイズよりも大きく見える黒い丸。
いつも天井の片隅あたりにひっそりと。
ひょっとしたら虎視眈々と機会を伺っている。


それは凄まじいほどに大きく見えたと思えば、
妙に深みがかった黒味を帯びたり。
場合によっては動いているようにすら錯覚してしまう。


その黒丸が突然視界をふさぐのです。



その瞬間は、倒れるボーリングのピンのごとく、
我も忘れて、身体のすべてをその勢いに委ねます。
3D辞書(あるいは、飛び出す辞書)というものが存在したとしまして、
ノックアウト、という言葉の意味を調べていただければ、
その様子を喜んで再現しますし、あるいは、
わたくしより上手なノックアウターがいらっしゃるのではないかと。



衝動、が身体に辿り着く瞬間。
それはいつでもあまりにも予想を超える中毒性を宿らせます。
ですから、ひょっとしたら手繰り寄せているのかもしれません。


そのほくろにしゃぶりつきたいとすかさず行動するのですが、
その黒丸は一度わたくしのおへそに着陸すると、
居てもたってもいられないわたくしのもどかしさが伝染するのか。
命を全うする寸前の蝶々が低空飛行するように、
いびつなジグザグを見せながら。
はたまた、ぜんまい式の人形のように
同じところでぐるぐる8の字を描きます。
記憶にはおぼろげなのですが、
わたくしのおへそのざらつきがそう言っています。


そのことがあまり印象に残らないわけは、
その衝動、を栄養源に成長する蔦が見せてくれる
幻想にも似たイメージが実に美しく、
わたくしはいつまでも見とれてしまうからでした。


その衝動に突き動かされ、
黒いほくろを穴の入り口に見立て、
アリスのようにその中に転げ落ちたいと
急いで筆を取るのですが、
そうしているとなぜか巨大タコの足に
身体を絡めとられ、どんどん、どんどん、
ほくろから遠ざけられてしまい、
気付くと綴っているのは黒丸のことではなく、
そのタコの足の中から見える景色で、
そこには蔦が踊るように空へとうねる姿が見られます。


その蔦は世界中のパラシュートが集結した空遊を突き抜け、
途中からパラシュートの中でも派手なオレンジ色だけを吸収し、
振り返りもせず、ぐんぐん遠き星をめがけて邁進していきます。
太陽に溶け込みひとつになりたい、と黒丸に匹敵する存在になりたいと
懇願するようにこぼす涙は、キャラメルみたいに甘い味がするので、
あやうくその願いの切実さに気付いてあげられなくなりそうなことも。



そんなことを上を見上げながら考えているうちに、
黒丸は寿命を迎え、ねずみ花火のような終わりを迎え。
おへそから落ちた瞬間も、朽ち果てた様子すらも見せることなく、
気付くと最初からいなかったかのように。いない。


そうして、また忘れたころにふと気配を感じ
天井の角に目をやると、そのほくろは
わたくしが見る前から、こちらを眺めていたことを知るのでした。