この世はあなたの匂いかそれ以外、の話。

久し振りにお目にかかるあなた。
誰かと話しているようなのに、
声が私の耳には届いてくれないので、
あなたの周り、だけ時間がゆっくりと
流れているのかもしれないとはじめて予感する。


あたしがあなたの存在に気付く、かたちが、
お決まりのはじまり方なのだと諦めてはいるし。
後攻の方が相手に気付かれている分だけ不利なことも。
ひょっとしたら、それを分かっていて、
あなたはその場所を一歩も動かずに、
ひょっとしたら、楽な方をあたしに譲っているのかも。


あなたとあたしは一言も話したことがないのに、
互いの存在をすぐ感知してしまう関係で。
あたしはあなたがいるそこに一歩踏み入れるだけで、
あたしはあなたがいるかどうかを瞬時に嗅ぎつける。


あたしの嗅覚はそれを見分けるためだけに発達した。
要は、この世はあなたの匂いかそれ以外の匂いしか。


あたしがその空間に身を放り込めば、
あとはあなたが点検に来てくれるのを待つだけで。
いつも同じ距離から、いつも同じ角度で、
あたしが「それ」を探し選ぶ姿を見守ってくれる。
その瞬間に詰まった興奮と切なさが全身を巡り、
最終的にその熱量は、背中で実に穏やかに爆発し、
天使のような羽根、が生える寸前までになる。


そのひとときの間。
これほどの幸せはなく、
これほどの絶望もない。
あたしはこれほどまでに
あなたの存在の芯に触れているのに、
あなたを形どる輪郭がどこから始まり
どこで終わるのかはさっぱり分からない。




あたしはあなたじゃなきゃダメなのに、
あなたがあたしから欠けているその事実だけが、
あたしの命を燃やすのだ。