あなたの魔法の足、の話。

あたしの好きな人、はやさしくて。
耳が聞こえなくなるその直前まで、
全身を金魚すくいの網に見立て、
聴覚以外の感覚器も応援に駆け付けさせ、
あたしのがさがさ交じりで、ぼそぼそした
ごにょごにょの行く末を見守ってくれるのです。


どんな音も言葉も、あなたの身体にまで波を飛ばせれば、
それは素敵な音楽になるようで。
あたしの乾いた発声までもをBGMにして、
あなたの足は今にも踊り出したくて仕方がなさそう。


それでも十八番のスウィングを起こさぬよう、
細心の注意を払うよう身体に厳しく言い聞かせ、
そのグルーヴを楽しむことを禁じてまで、
頭のてっぺんからつま先まで緊張感を走らせ、
あなたはあたしの淀みが煮え立つ音を聞き取ってくれるのです。


あたしは、あなたの足が何食わぬ素振りで
日常のものとは思えないリズムを刻むのが
本当は、本当に好きなはずなのに、
一度それを違う思いで受け止めてしまったばかりに、
あなたの足は魔法が解けてしまう寸前まで来てしまい。


今日、最後の勇気を振り絞って、あなたの足は訴えていた。
この両耳が音楽を受け止められなくなるのなら、
その前にもう一度だけ舞台に上がりたいと。
今なら千秋楽は、まだ何とか間に合うのだと。


今回も聞こえなくなる直前だったけど、
一命を取り留めたあなたの音楽装置は、
また多くの讃美歌を浴びて、ほんの少し回復する。
きっと今日も代官山で。


きっと、あなたの足は二度と
あたしの前でお茶目な様子は見せない。
その罰を受け入れるのだって精いっぱいなのに、
あたしの耳障りなコーラス隊はまだ静まらないのか。


あなたの音楽装置とあたしのコーラス隊の掛け合いが、
本格的な戦争となってしまうその前に、
あたしは また少しばかり飲む睡眠薬を増やすのです。