図鑑をポタージュで、の話。

神様になれたよ、あたし。


身体の奥底の泉から
こんこんと湧き出るポタージュで、
あたしだけの図鑑と辞書をつくるのです。
編む、のではなく、選ぶのではなく、
創るのです、すべてを すべてを。


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そのマントを羽織っている間は、
ちょっと しょっぱくて
耳をつんざく そんな舌への刺激も、
ポタージュの隠し味にしてしまえる。


そして、そんなマントすらも
そのポタージュからつくるのです。

好きなのは最後のはじまり、の話。

ねえねえ、聞いて。
そして、覚えていて。


実は真ん中よりもね、
最初と最後が好きなの、あたし。


特に最後のはじまりが大好きで。
最後を始める時の最初の笑顔が
あたしのちょっとした特技なの。


でも最後の終わりは いつも分からなくて、
気づくと新しい最初のはじまりを
もう とうに通り過ぎていたりするの。


だから、
最後のはじまりを始めるためにね、
あたしは もうひとつ、とおねだりするの。

シーラカンスと3つの心臓、の話。

言葉、は相手との距離を縮めるために吐く。


でも、あなたを想う時はその反対で、
あなたとあたしに違いがあることを確認したくて、
今 ここに言葉を置き並べてみる。


あたしがそっと大切に忍ばせている
ギザギザで魔を数滴含んだ動物園を。
あなたは なぜあたしが生まれる100年も前から
あたしが編み出した群青色シチューのレシピを。
どうしてどうして手にしているのでしょう。


あなたとは違って、
動物園にあたしはシーラカンスを飼っていることを
シチューの隠し味に人魚のうろこを使っていることを
あたしには心臓が3つあることを
そのことをあなたに証明するためだけに、
あたしはこの生を生きていることもありうるのです。


マルク・シャガールさんへ

やっぱりほど遠い、の話。

いつもとはなぜか違って
今は少しだけ近くに感じられるの。


あたしにも いつかは来るのかなと
どこかで予感していたその瞬間が
今こうやって柔らかく降り注いでいて。


そのことに心がはしゃいでいるあたしは
やっぱり あなたには ほど遠い。


どこからか立ち込める
古いレコードの匂い、と
味よりも酔うことを楽しむ一杯。


そして、あなたに出逢えたのが
この季節であることの喜び。


佐井好子さん 『ひら ひら』

11/27 8:05頃、の交換しない日記。

朝の散歩の帰り道。
集団登校する男の子たちを見かけ、
ちょっと体がこわばる。


近くの建設現場で鉄の大きなハシゴを
2階の高さから思いっきり落とす男性と
それをキャッチする男性のやり取りを見て、
集団登校の男の子たちが目を輝かせている。


働く大人ってかっこいいな、が伝わる瞬間を、
渋く響かせるBeirutの音とともに眺めていた。

スパンコールのひざ当て、の話。

その女はひざまずき、
神に祈る真似をするかのように
ギターをかき鳴らす。


服装の中で一番こだわるのはひざ当て。
今日は蛍光ピンクのスパンコールが
ぎっしりついたものをつけている。


肌見せ・ボディライン・アクセサリー
方程式どおりのエロスは
ちっともエッチじゃないから
くだらなくて、そのゲームからは降りている。


頬のニキビを線で結び、
星座を作ろうとも思うのだけど、
そうするほどの立派なニキビが
できる年頃は もうとっくに過ぎていた。


その女はかすれ声でこう歌う。


ひらいてたひざを そっと閉じた
まともな家庭が築けなくて
ひらいてたひざを そっと閉じた
まともな家庭は築けなくて
ひらいてたひざを そっと閉じた
まともな家庭は築けなくて。

血の通ったドローンを、の話。

あなたはきっと持っている。


体肉をほんの少しつまみ、
それを粘土にして作り上げたドローンを。
うろたえてしまうほど ひんやりしてるけど、
血の通った悪気のないドローンを。


それはいつだって空気の一部。
そして、それはいつだって
あたしたちが黒丸に見えるほど
遥か彼方からあたしたちを見守っている。


それなのに、それはいつだって
あたしたちのくたびれた身体と哀愁の交差点を、
あたしたちのからっぽな瞳と一筋の期待の混じり合いを、
いつだって いつだって見逃さない。


あたしは今、まとっている全ての羽衣を脱ぎ取り、
あなたのドローンに見つけてもらえる日を
密かに強引に今か今かと待ち続けています。


舟越桂さん